代表メッセージ

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スキルや経験は後で学べばいい。
重要なのは「人」に対する関心と「喜んでもらいたい」と思う気持ちなんです。

「将来はSEになるんだ!」
当時小学生だった私は、自身の将来を明確に描いていました。
そのきっかけは兄が持っていた「MSX」。任天堂のファミコンのように、カセットをさして遊ぶのですが、私が関心を持ったのは、このマシンが「プログラミング」ができたからなんです。
何か面白そう、と兄に借りて、本屋さんでプログラムポシェットという雑誌を購入しました。ここにゲームのコードが書かれているので、教本代わりでした。ブロック崩し、テニス、迷路などそこに書いてあるものをカタカタとコーディング。そんな経験をして、プログラミングって面白いな、コンピュータって面白いな、と思っていて「コンピュータのエンジニアになろう」と結構小さい時から考えていました。
ここからプログラミング一筋、家にこもってひたすらディスプレイと向き合う生活・・・にはなりませんでした。と言うか、しませんでした。

高校時代は某アメリカ系ファーストフード店でアルバイト。
「ありがとうございます!」という言葉が好きで、感謝される事がうれしいし、自分も感謝の気持ちを伝えたい。
また少々目立ちたがり屋な所もありましたから、「すご~い」とか「オモシロ~イ」とか言われる事を考えて実行する事も好きでした。
人に興味関心をもってもらえると、それもうれしいんですよね。接客と調理の社内コンテストで優勝する位、バイトに入れ込んでいました。
「結構できる奴だな」と認められると店長の代わりに発注や閉店業務、販促の企画なども任されるようになり、地域で祭りがあると他店にヘルプに出たりもして、他店の店長とも顔見知りになりました。

このお店、店前に置いてある、ある等身大の男性キャラクター像で有名なお店です。
ある日、勤務先の桶川店の地元で夏祭りがありました。ここで「よ~し、ドカンとやったるぞ~」と一発奮起。
近隣店の店長たちに「○ー○○像貸して下さい~」とお願いして4店舗から○ー○○像を調達。計5体となったあの白い○ー○○像を、全て店前に並べた。
この当時SNSなんてありませんけど口コミで「おい、あのお店○ー○○が5人いるらしいぞ」「うち1体はピンク色らしいぞ」「何でも1時間ごとに位置やポーズが変わるらしいぞ」と情報が流れに流れ、お店は大盛況になりました。後から本部に怒られましたけどね。

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車も好きだったので、実は当時ガソリンスタンドでもバイトを掛け持ちしていました。埼玉県でエンジンオイル売上No.2のお店で、このお店の店長がユニーク。バイトメンバーのモチベーションを上げる事に長けているわけです。
「月間でエンジンオイル○L以上売ったら○○○円の時給アップするよ!ガソリン以外の洗車、バッテリー、タイヤ、ワイパー、車検などといった付帯サービスを売ったら更に追加で○○○円の時給アップするよ!」と僕らに言ってくる訳です。 最初は楽しいからガソリン以外の商品を売る事に燃える訳です。
次第にテクニックを使うメンバーも出てきて、オイル交換不要なお客様に「汚れてますから変えた方がいいですよ」とインチキで売ったりしているのが正直気持ちが良くなかった。イヤだった。
そこで私が見出したのは「手洗い洗車券」と「パンク修理」。このパンク修理というのは、バーストしてしまっている状態では無く、釘を拾ってしまっているタイヤを見つけて修理することで、これが結構あるんです、1日数台はありました。気付かず走り続けると減圧が原因でバーストの恐れがあり、事故につながります。
このパンク修理はお客様より心から感謝され、喜び信頼も獲得できる。お店も儲かる、私も儲かる。

このような経験を通じて、私はとても大切な事を学び、それが今に活きています。
お客様にとって本当に必要な物だけを売る事、稼ぐ効率性の高い物、関わる全員がWIN-WINになる事が大切だという事。

スキルや経験は後で学べばいい。重要なのは「人」に対する関心と「喜んでもらいたい」と思う気持ちなんです。
そういう気持ちを持っている人と、私は一緒に仕事をしていきたい。
独立系ソフトハウスや大手コンサルから独立し、3人で始めた当社も社員数28名を数えるまでになりました。
業績も順調に右肩上がりで、3年後の50人体制もおぼろげながら見えきました。
間もなく社員発案の企画から、歯科向けの業務支援システムとして、念願であった自社開発のWEBサービスをリリースします。
「人」に対する関心と「喜んでもらいたい」と思う気持ちから、新しい価値を生み出す事を、新しい仲間との出会いを楽しみにしています。